渋沢栄一

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幕臣になってしまった渋沢栄一

一橋家で着々と実績を積み重ねる栄一。当時の一橋家の風通しの良さもあり、1865年には勘定組頭になり、新たな仕事も請け負う様になります。同じく一橋家に仕官した渋沢喜作も軍制所調役組頭に抜擢され、栄一と喜作は、それぞれの長所を認められて共に出世...
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渋沢栄一の歩兵取立御用

栄一と喜作が関東で人撰御用の旅に行って、少しは一橋家の家臣が増えましたが、それでも増えたのは、主に役人と言われるような人だけでした。江戸時代の大名家は軍隊を持っていましたが、一橋家には軍隊と呼ばれるような兵力は持っていません。そこで、栄一は...
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人撰御用の旅と平岡円四郎の死

栄一は水戸藩に入ってから、常々、「国のため、水戸藩に志士を集めること」を提案していました。それを平岡は聞き入れ、栄一と喜作を関東に派遣して志士を集めるように命じます。しかし、その旅は栄一と喜作に衝撃を与えることになりました。
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渋沢喜作ってどんな人?

大河ドラマ『青天を衝け』に登場する機会が多い渋沢喜作。青年時代の喜作は栄一と共に行動することが多く、栄一の相棒というポジションでもあります。高良健吾さんが演じていることもあり、とても実直で爽やかなイメージがあります。今回は、そんな渋沢喜作を...
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渋沢栄一と西郷隆盛と豚鍋

渋沢栄一が平岡円四郎の命令で、西郷隆盛に会ってくる様に平岡から言い渡されました。西郷隆盛は薩摩藩の有力な藩士でしたので、会うだけでなく、薩摩藩の内情を探るスパイ役としてでした。
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渋沢栄一、スパイになる

一橋家に仕官した渋沢栄一は、平岡円四郎の命令で大阪に出張することになります。表向きは、薩摩藩の築城法の専門家である折田要蔵の内弟子として住み込み、築城技術を身に付けることでしたが、実は密偵(現代で言えばスパイ)も兼ねていました。
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一橋家に仕官したころの渋沢栄一

ひょんなことから一橋家に仕官した渋沢栄一。渋沢喜作と共に心機一転で一橋家でのサラリーマン生活が始まります。
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一橋家に仕官する渋沢栄一

平岡円四郎のツテで通行手形を貰い、京へ向かった渋沢栄一と渋沢喜作。父から貰った100両は散在したことで、そろそろ財布事情が怪しくなってきます。更に、挙兵計画の一件がきっかけで、幕府の調査が及んでくることになります。
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京へ向かう渋沢栄一

僅か69名で高崎城を乗っ取ると言う、捕らぬ狸の皮算用の挙兵計画が中止になった渋沢栄一とその一味。挙兵計画が中止になったとはいえ、村に槍や刀などの武器を持ち込んでいたことで領主から目をつけられていたこともあり、伊勢神宮への参詣という名目で実家...
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未遂に終わった渋沢栄一の高崎城乗っ取り計画

外国を排除し、天皇を中心とした国家を作ろうとした幕末の志士たちは全国に数多くいました。渋沢栄一もまた、尾高新五郎に感化され、尊王攘夷の志を持っており、栄一が24歳のころ、壮大な挙兵計画が練られていました。