渋沢栄一がまだ少年だった時代、父・渋沢美雅(市郎右衛門元助)に贅沢を戒められたことがあります。叔父・保右衛門が江戸に出かける時に、栄一少年がついて行った時の話です。
硯箱を買ったら怒られた
江戸での買い物
渋沢栄一が15歳の頃、叔父の渋沢保右衛門が江戸に出かけるというので、栄一もついて行きました。家にあった硯箱はそれほどよろしくないものだったらしく、栄一が江戸に出かける前に、父に「新調しましょう」と提案したところ、父・美雅も「よろしい、買って来なさい」と言われました。
叔父とともに江戸に来た栄一は、小伝馬町のお店で書籍箱(本を入れる箱)と硯箱を買います。桐で作られた本箱と硯箱を注文します。お値段、約一両。帰宅した栄一は「本箱と硯箱を買っておきました。」と父に伝えました。
父、嘆く
後日、小伝馬町で注文した本箱と硯箱が家に届きました。新品の桐の箱ですので、それはもう綺麗なものです。これまで渋沢家で使用していた本箱と硯箱は杉で作られたものでしたが、長年使っていたため、真っ黒になっていました。新品の桐の箱と、今まで使っていた杉の箱を見比べてみると、桐の箱がとても綺麗に見えます。
それを父・美雅が見て「なんだこれは」と驚き、そして怒りを交えながら栄一に対して「いつも質素倹約を心掛けるように言っているのに、分不相応なものを買ってくるとは何事だ。こんなことでは、お前はこの家を無事安寧に守って行くことが出来ない。私はとんでもない不幸な子供を持ったものだ。」とため息をついて嘆きました。父・美雅は、栄一に対して手を上げるようなことはしませんでしたが、数日の間、栄一を見限った様なにしてチクチクと小言を言ったのでした。
象箸玉杯
栄一は「どうしてこのようなことで厳しく言われないといけないのか。」と思っており、その時は父の戒めの意味がわかっていませんでした。
父が栄一を戒めた時に、韓非子が出典とされる故事に「象箸玉杯」を引用しました。殷の紂王が贅沢をしはじめて、箕子が「贅沢がどんどん続くのではないか」と心配していた通り、贅沢がどんどん続き、殷が滅びてしまうといった故事です。その様な例は歴史的に見ても幾度となくあります。
「身の程を超えた贅沢というものは、身分が高い・低いに関わらず、ちょっとの贅沢といえども、身をわきまえて、初心を振り返って慎ましくしておかないと、最後には取り返しのつかないことになってしまう。」
つまり、栄一が綺麗な本箱や硯箱を買ったということは、「自分の持っているものが気に入らなくなると、豪華なものや綺麗なものを欲しがるようになる。その欲が色んなところで出て来るようになる。そうすると、農家である渋沢家の堅実な暮らしが保たれなくなる。」と父が心配したのでしょう。
編集後記
父は栄一にほとんど叱らなかったと言われており、この時が最初で最後の叱責だったと言われています。贅沢が身を亡ぼすと言うのを学んで欲しいという父の愛情とも言えるでしょう。贅沢は敵!とまでは言いませんが、身の程を超えた贅沢というものは控えた方が良いということですね。
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参考資料
第1巻(DK010004k)本文|デジタル版『渋沢栄一伝記資料』|渋沢栄一|公益財団法人渋沢栄一記念財団
2021年放送の大河ドラマ『青天を衝け』の主人公・渋沢栄一。当サイトでは、放送されるエピソードの他、放送されないエピソードも執筆しています!是非、大河ドラマと合わせてお楽しみください!