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【信長の野望】前田利家の能力値が低いので勝手に再評価する

織田信長の尾張時代から信長に仕えて順調に出世し、本能寺の変後は柴田勝家に付くも、羽柴秀吉に寝返り、最終的には五大老として君臨した前田利家。しかし、長年、信長の野望をプレイしてきた人には「前田利家ちょっと能力低くないか?」と疑問に思っているかもしれません。なので、勝手に能力値を再評価してみました。

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信長の野望シリーズでの前田利家

『信長の野望・大志』での前田利家の能力を見てみましょう。

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信長の野望シリーズの武将としては、超一流クラスの武将より2枚くらい劣るような能力です。一軍では物足りないけど、二軍では主力武将と言ったところ。突出した能力はないが全体的に低くもない、扱いやすいが扱いにくい、と感じた人は多いかもしれませんね。

織田家の出世レースでは秀吉に後れを取りましたが、1581年には能登一国23万石の大名となっているので、織田家の中ではかなり上位クラスです。豊臣政権では最終的に、利家は能登・加賀・越中の83万石の大大名になっています。

また、秀吉亡き後、家康が無断で婚姻政策を進め、家康に対して利家が反発した時も、五大老の毛利輝元・上杉景勝・宇喜多秀家、五奉行の石田三成、そして、秀吉子飼いの加藤清正・加藤嘉明、秀吉と縁が深い浅野長政の子・浅野幸長や、本能寺の変後に秀吉に付いた細川忠興など、様々な有力武将が利家に与しましたので、人望もあります。

全体的に抑えられている?

コーエーさんが信長の野望シリーズでの神様ですが、何で前田利家の能力が超一流クラス、一流クラスよりも少し劣るのか考えてみました。その要因は二つあると考えられます。

  • 柴田勝家を裏切った
  • 大きな合戦に参戦していない

この二つが要因で、コーエーさんが前田利家の能力を少し落としているのかと。

賤ヶ岳の戦いの早い段階で秀吉に寝返り、柴田勝家の末路を決定的にしたのですが、利家この戦いで目覚ましい武功を立てたわけではありません。そんなこともあってか、賤ヶ岳七本槍で有名な加藤清正や福島正則の方が統率や武勇が少し高く設定されています。

また、織田家時代の利家は信長の赤母衣衆(信長の親衛隊みたいなもの)、後に北陸方面を任されるようになっていますが、歴史的に有名な合戦での武功が無いということも、コーエーさんは考慮しているのかなと。

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各能力の再評価

そんなわけで勝手に再評価してみます。

  評価前 評価案
統率 80 80
武勇 86 93
知略 72 62
内政 80 80
外政 75 85

知略以外は一流クラスの武将の能力値に近づけています。

統率

80→80(±0)

信長の赤母衣衆の筆頭格で与力も多く、また、豊臣政権下では屈指の大大名になり、多くの家臣団を抱えていました。ただし、大軍勢を率いて合戦を制したという功績は多くないため、太志の統率値は80にとどまっています。これはコーエーさんの評価は妥当どころか少し高めだと思います。秀吉没後の家康の行動を一定程度制したということもあり、戦場の統率力というよりも、大きな戦を起こさない統率力もあると言えます。コーエーさんの評価を支持します。

武勇

86→93(+7

信長直臣時代が長く、また、「槍の又左」と言われるくらいの槍の名手であります。初陣で信長が「肝に毛が生えている」と言われるくらいの猛者です。姉川合戦でも信長から「今にはじまらず比類なき槍」と褒められています。本願寺攻めでの撤退時には、味方を逃がすためにその場で踏みとどまって敵の追撃を凌いだことで、信長から「日本無双の槍」と称賛されています。

極めつけが、利家が死ぬ間際に、妻のまつに「人を殺めすぎているから、後世が恐ろしい。どうか、死に装束を着てから死んで。」と言われたので「もし地獄に行ったら、先に死んでいった者たちと一緒になって、閻魔と戦うから、死に装束はお前(まつ)が着て来い」と言うくらいです。流石に大げさなエピソードですが。

とまあ、利家の武勇に関するエピソードは尽きません。なので、一流武将クラスの武勇値があってもいいのではないでしょうか。

知略

72→62(-10

賤ヶ岳の戦いで、勝家を裏切って秀吉に付いた話がありますが、秀吉と旧知の仲だったということもあり、打算的な理由で動いたわけではないという説もあります。回りくどい仕掛けをせず、正面から戦うタイプですので、知略についてはコーエーさんの評価が少し高いです。

内政

80→80(±0)

利家領内で一揆が起きたというエピソードは残っていません。越前の一向宗一揆は本願寺も関わっているので、織田家全体の問題となります。この時に利家はかなり残虐なことをしていますが、信長の命令で織田家の各方面に「坊主に容赦をするな」と言われていましたので、利家は信長の命令に従っただけのこと。

大名になってからは特にそう言ったこともなく、利家自身、ソロバンを弾いて財政を管理していたくらいです。とは言え、善政を敷いていたと称賛されるほどのことも記録には残っていないため、コーエーさんの評価を支持します。

外政

75→85(+10

秀吉没後に豊臣政権がぐちゃぐちゃになりますが、利家は家康の暴走を制止したり、揉め事の仲裁などを行っています。秀吉没後、豊臣政権内の大名たちのパワーバランスを維持する調整力があったと言えるでしょう。秀吉没後以降で、利家存命中に大きな合戦が起きることが無かったのは、ひとえに利家の尽力と言えます。なので、コーエーさんの評価にプラス10します。

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編集後記

武勇はもうちょいプラスしても良いかなあと思っています。正直、柴田勝家よりも全体的な能力値は上にしたいですが、コーエーさんは何故か柴田勝家の戦闘力を高めに設定しているので、柴田勝家以上の統率・武勇を設定すると、一気に一線級の武将に化けてしまいます。

「秀吉と仲良かっただけじゃないかw」と言って、マイナス評価をする人もいるかもしれませんが、個人的には本記事の能力くらいは欲しいなという願望です。

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